お知らせ
幼児、低学年は無知の象徴であるか?
こどもの教育に向ける世の中の反応は、まだまだ無知だなぁ。と感じることが多々あります。
これは、私の恩師のお一人が過去につぶやかれていたことなのですが。
「子どもへの、気付きを促すための問いかけに、どのようなものが考えられるでしょうか?」
と、問いかけたら、静かにしないと行けないシーンで騒いでいる子が居たとき
「今、大きな声を出していいのかな?」
と問いかけます。
という回答をする保育士が、一定の割合でいる、と言うことでした。
私達は民間の教育者として、公教育の方に比べ、足りていないと思われることも少なくありません。
しかし、上記のような問答を目の当たりにすると、公の教育者という地位に居ることが人を教育者にするのではなく、教育者という立場を手に入れてからの学びの時間がいかに必要であるか、ということがわかりますよね。
上記のような問をする方々の言い方が悪いとは思いませんよ。私も一人の親として、娘にそのような戒めを投げつけることはあります。
しかし、公の教育者であるならば、それは問いではなく、たった一つしかない、狭い、言質を取るだけの詰めかけである事に気づかなくてはいけません。
そして、そういうことに気付けない先生が、子どもたちから『考える力』を奪っていくのではないでしょうか。
問いには山程の種類があります。
それを学ぼうと思えば、山程書籍がでています。論文もたくさんあります。
読み進めれば、いくつかの流派に行き着きます。
その諸先生方の論を自分の実践に置き換えて考えてみると、あのときうまくいったのはこれができたからかな。私がいつもぶち当たるのは、これが意識できてないからかな。
とわかります。
そういう経験を積み重ね、たくさんある成功事例の中から、言語化できたものだけを共有し、研磨し続ける。
自分の実践のエラーに気付く。
学びの機会を自分のものにする。
そういう風に、教育者も成長しなくてはいけない。特にこれからの時代は。。
と考えます。
幼児〜低学年は、まだまだ画一的な常識の世界で生きていません。
そのために、大人はついつい上から物事を教えつけようとしますが、彼らの気付きのレベル、学びのスピードは、恐ろしいエネルギーを持っています。
赤ちゃん扱いではなく、一人ひとりがこちらの経験値をあげてくれるラスボスであると思って接してほしいのです。
そのためのひとつのキーワードは、やはり問いかけ。
きちんとステップを踏み、上質な問を与えれば、子どもたちは、実に豊かな気付きを私達に教えてくれます。
いかがでしょうか。
自分の中にある狭い、一つしかない問いに答えさせて、空気を読む練習をさせるより、
自分の考えの幅を大きく越えていくこどもたちの発想に、毎日大笑いしながら感動できる大人になりませんか。
教育者というのは、子どもが、今の時代に必要とされる学びをきちんと手に入れられる環境を作る者だと思っています。
公教育者は、万能ではありません。
当然、民間が偉いわけもありません。
子どもを知る、学びの意味を理解し、実践できる知識と技術を持つ先生になるため、ピカソプロジェクトの、エデュケーターたちは、今日も子どもたちからたくさんの感動をもらって、がんばります♪
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